承継

  • 2020.03.02 Monday
  • 09:00

先月の日本経済新聞の「私の履歴書」は、陶芸家で十五代樂吉左衛門こと樂直入氏でした。私は、基本的に経営者のものしか読まないのですが、“十五代”という歴史と、昨年長男さんに代を譲られたタイミングとのことから関心をもって読み始めました。十四代続いてきた家を継ぐ重みが端々に感じられ、最後まで有意義に拝読することができました。

 

中でも十四代の御尊父との対峙はなかなかのもの。譲る者が、「そんな線が細いことでは、この家は継げん」と吐き捨てるように言えば、継ぐ者は継ぐ者で、「父こそ運命の元凶のように思え、ほとんど口をきかなく」なり、「最も嫌なこと、それは父に似た、同じような茶碗を作ること」で、「私の中の父を殺す。心の底にそんな思いが」あり、「父にあれこれ指導されるのまっぴらごめん」だったのだとか・・・。なかなか壮絶な関係ですね。

 

しかし、その御尊父が亡くなったときには、「450年続く歴史を背負ってきた一人の男、同志として私は十四代の死を思った」と言いますから、心は繋がっておられた。このあたりが、譲る者と継ぐ者の関係を端的に表しているように感じます。

 

そのようにして継いだ十五代が昨年、ご長男に家を譲られた。そのときの話もまた、事業承継の本質を突くものでした。

 

「昨年、長男に代を譲った。彼にも激しい葛藤の時期があった。その末に彼は十六代を継いだ。私は同じ立場を歩んだ故に、過剰な心配ばかりをしていた。その私を妻はこう言ってなだめた。「あなたも昔はお父さんに口もきかず、反抗を重ねさんざん心配をかけたでしょう。でもちゃんと家を継ぎ、ここに立っているわ。大丈夫ですよ」と。」

 

いやはや、時代は本当に繰り返すものですね。

 

そのほかにもご紹介したいエピソードはいくつかありましたが、紙面の関係もありますので、ここではひとつだけ。

 

「昔から樂家では、曽孫・玄孫のために粘土を残すことが当主の務めになっている」のだそうです。「良質な土は容易に見つからず、調達してもすぐに使えるものではない」からなのだとか。現に「私が主に使うのは曽祖父、十二代が集めた京都・深草の大亀谷の土。もう樂家の土小屋で100年ほど寝ている」ものだとか。

 

ご自身も「奈良時代から薬師寺の土や、桃山時代以来の聚楽第の土と巡り合え」たそうです、そのことに対して、「これで自分の責任を少し果たせた。「十五代は己にかまけて子孫のことを考えなかった」との曽孫からの誹りを免れる」とおっしゃっています。これもまた奥深いお話しです。

 

「曽孫や玄孫のために何を残すか」事業承継においても、とても重要なテーマであると思います。一度考えてみてはいかがでしょうか。

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    著者 亀井英孝

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